お侍様 小劇場 extra
〜寵猫抄より

    “不思議ふしぎな大冒険? ”



     6



それは美味しい米を作り出す米処として、
世間のあちこちで知っている人も居なくはないが。
街道からさえ外れた辺境に位置し、
物売りや早亀飛脚以外 訪のう人も限られる、
あくまでも無名で長閑な寒村であり。
殊に冬場は、村を丸ごと覆ってしまうほどの豪雪に見舞われ、
出入りもままならなくなるがため。
食料や燃料などの必要物資を準備した上で、
春までひっそり冬籠もりせねばならぬこと、
例年のこととしておいでの里でもあって。
今年もまた、豪雪の降り積もる冬が訪れ、
これも豊かな水脈への足しだと思えば我慢も出来ようと、
村人たちも不平は押し込め、ただただ辛抱しておいでの、
それは静かで深い“眠り”の最中にあったというに。

  音もなく忍び寄る 怪しい影がこれありて

当地が寒村であるのは、
通信や交通手段という流通に不可欠な要素にて、
やや置き去られているからでもあって。
殊に“情報”というのは大切なもの。
どこに在ってどんな現状なのかがリアルタイムで判ってこそ、
他処との連携も成り立つのだけれど。
それらが判ったところで、実際に現地へやって来るにあたっては、
豪雪という、それこそ動かし難い“現実”に阻まれるのだし。
だったらいっそ、何処にあるのかも定かではないままでいた方が、
余計な災禍、
例えば腹を減らした狼などを寄せないで済むかも知れぬ。

 「…いやいや、それはないでしょう。」

伝説の“まよひが”じゃあるまいし。
現に、手紙を運ぶ飛脚さんだって来るのだし、
夏場は薬や小間物を売る流しの行商の人も来るそうだし。
塩だの海産物だのは、さすがに近隣でもそうは手に入らないのでと、
虹雅渓というにぎやかな街まで買い出しに出ている関係もあってのこと。
誰にも知られずというのは、むしろ今更無理な相談なのであり。
そこはカンベエらとしても重々承知なのだろう、

 「まあな。
  虹雅渓のにぎわいに引っ張られる格好で、
  カンナ村も近年では名が知れつつあったらしゅうてな。」

そんな中、隠し金やら蓄えやらがあるとでも誤解されたか。
こういう良からぬ連中の思わぬ襲撃、
かつては滅多になかったのも
此処へ至るまでの段階で難儀だったからのはずだのに、
こんな冬場でさえ警戒せねばならなくなったのだから皮肉な話。

 「一応は、
  ここいらの寒村すべてを見回ってくれている、
  役人というか警邏組織があるのだが。」

もしかしてもしかしたら、
地図の上での支配権とやらは、誰ぞが持っているのかも知れないが。
あまりに小さな、あまりに偏狭な土地だから…と、
直接の知行だの領主だの、実質的には不在のまま幾世紀という、
そうまで忘れ去られている土地柄で。
しかも、そう遠くはない頃合いまで結構大きな戦さがあって。
この地の長閑さとは打って変わって、
先進の科学を投じた大掛かりな代物だっただけに被害も大きく。
政権という階層ではまだまだ微妙に混乱が続いているがため、
尚のこと、法的な統率は届きもしない有り様のまま。
よって、警邏の役人というのも、
賞金首級のお尋ね者なら危険極まりないので取り締まってもくれるが、

 「こそ泥レベルでは いちいち取り締まってもキリがないということか、
  土地土地の裁断に任せている傾向が強いままでの。」

少々お堅い話になるがと前置いて、
壮年殿が当地へはお初の運びとなるクロ殿へと語ってくれたのが、
彼らの住まうカンナ村の治安上の現状で。

 「勿論、放置していていいものではありませんし、
  徒党を組むその規模が勢いつけての大きくならぬ内、
  叩き潰すに限るのは自明の理なので。」

囲炉裏の炭火の上へに提げられた、年季の入った鉄瓶からは、
暖かそうに白い湯気が立ちのぼっている。
そこから危なげない手つきでつぎ分けられた湯で
手際よく淹れられたお茶を、
大きな湯飲みで“どうぞ”とクロさんへ差し出したのが、
一番最後にお目見えした美丈夫さん。
それと判りやすいお顔や所作のみならず、
揃えられたお膝も優美な輪郭。
隙のない美人というのはこういうお人を言うのかなと
ただただ見ほれさせる風貌なのへ、
クロ殿も知らず見とれていたようで。

 「あ、どうもすみません。」

どうぞへの会釈が微妙に遅れてしまったもんだから、
あれまあ…との微笑が生まれ、場の空気がほこりと和む。
良からぬ企み抱え、潜入しようと目論んでいた輩を、
見事 一網打尽にしたことへの助っ人…だと
村人たちへは何とか誤魔化しておいたので。
見かけぬお顔のクロ殿への警戒も少なく済んだまま、
彼らが話の場を移したは、
そのカンナ村のカンベエらの住まいの囲炉裏端。
いかにもな農家という作りであり、
屋内だというに仄かに土の匂いがし。
夏は暑さよけ、冬は寒さよけにと開放部も少なく、
窓も小さいがため、中に入れば昼でも薄暗いが、
来訪者二人は揃って猫の性を持つ身なので、
全く支障はないのが なかなか穿っているが…それもさておき。

 「取っ捕まえたのを引き渡すという格好で、
  野盗退治は自衛のうちとして認められておるのでな。」

戦さの終焉と共に野にあふれた無頼のせいで、
近年 物騒になって来た時勢でもあるのでと、
そのような取り決めが出来たそうで。
軍人だった彼らには、周辺の情報にも注意を払うのはもはや習慣。
それでなくとも哨戒は欠かさずにいたし、
異変があれば何でも知らせてと、
猟師や樵(きこり)といった雪の中へ出て行く顔触れへも
挨拶代わりのように始終告げていたので。
獣の足跡が少ないとか、
熊笹の雪が妙に落ちてたなんてことから、
警戒の要りような事態かどうか速やかに断じることも出来。
こたびの、小悪党らが村を伺っているという気配も、
ずんと深く入った裏山にて、
妙に興奮気味の猪を仕留めたという猟師たちの話から、
これは…と警戒していたそうで。
そんなこんなという捕り物騒動が勃発せんとしていた間合いへ、
彼らの側にしてみれば、
久蔵とそれを追って来たクロという
サプライズな顔触れも参加してしまったものの、
結果として、特に破綻も帰さぬまま、
無事に鳧がついた仕儀だったというわけで。

 『しかし、こうまでの戦力を
  こちらへばかり当てていていいのですか?』

実際の話、取りこぼしなく捕らえられたのではあったが、
村への守りとして居残していたのだろシチロージまで
現場となった森にお顔を揃えた顛末には。
攫われかかっていた小さい久蔵を
すんでのところで ひょ〜いっと助けてもらったは幸いだったとしても、

 『こたびは何とか
  此処で食い止められたようではあるものの、
  万が一、そう、
  何かしらの突発事がらみで、
  一人でも取り逃していたら…。』

いくら腕に自慢の彼らでも、たとえば無力な農民を盾にされたなら、
無体へ屈しなければならない展開だって起ころうに…と。
お初にお目にかかりますとのご挨拶もそこそこ、
事情通なればこその懸念をついつい口にする
黒装束の若い助っ人さんだったのへ、

 『慎重なのですね、クロさんは。』

金の髪に白皙の風貌という、淡い色合いで彩られた御仁。
だというに、雪景色の目映さの中にあっても、
健やかそうな存在感の強靭さでは引けを取らない。
そんなシチロージが伸びやかなお声であっけらかんと笑った傍らで、

 『大丈夫だよ、クロさん。』

お兄さんのまとう黒い衣紋の袂を引いて来た、
今はまだ小さな剣豪のキュウゾウくんも、さして逼迫してはないお顔。
麗しい見栄えを大きく裏切って、
実は もののふのシチロージはともかく。
まだ見習いとのわきまえも心得ているこの子まで、
これへは妙に大きく構えているのだなと、
そこは怪訝に感じてのこと、???と小首を傾げて見せれば、

 『村の方ではゴロベエとヘイハチが詰めてるからね。
  ゴロベエは力持ちだし、』

 『そうそう。
  それに、選りにも選ってヘイさんに捕まってた日には…。』

微妙に自慢げな坊やの話の先を取り上げた、シチロージがニヤリと笑い、

 『此処で取っ捕まって幸せだったと感謝してほしいくらいの、
  そりゃあ酷い目に遭ってたことでしょうからね。』

そんな言いようで先に紹介されていた、
そりゃあ恐ろしい存在だという隣人さんたちも
今はお膝を突き合わすように同じ囲炉裏を囲んでおり、

 「さようか、小さい久蔵のご家人とな。」

くどいようだが、彼らの側にすれば
こっちこそが不思議な世界からの訪問者なのであり。
それでなくとも新顔は、珍しいもの扱いになるのは当然ながら。
すっかりと大人で、しかも屈強武骨そうなタイプのお人の、
加えて大柄な身の存在には…ちょっと違和感があるよな気がする、
髪色と同じ銀の毛並みの“猫耳”をその頭へ載せておいでの
ゴロベエ殿とやらいう壮年殿からまじまじと眺め回されて、

 「は、はい…。」

どうか よしなにとご挨拶をしたものの、

 “…いかん。
  勘兵衛様のご友人に あまりに似ておいでだ。”

いやまあ、向こうの五郎兵衛さんもね。
こちらの彼と同じような、
筋骨隆々という雄々しい身丈を物ともしないで、
金襴緞子の打ち掛けに帯を胸高に結んでの花魁や、
スパングルで埋められたシルクのドレスなんぞをまとって、
夜の蝶の真似ごとなんかをしておいでではあるのだが。
それらはあくまでも余興半分、若しくは意識しての装い。
こちらさんは素で…やはり銀の毛並みもふっくらした尻尾を
はたりふさりと揺らしたりなさるものだから。

 “…こらえねば。”

久蔵ちゃんならいざ知らず、
一応は大人の自分がじゃれついては洒落にならんと。

 ……って、そっちですか、
 必死で堪えておいでだったのは。(笑)

そんなクロ殿だったのを、
こちらさんもまじまじと眺めておいでのお人がもう一方。
雪の中への重たげな外出装束を土間でばさぼさと脱ぎ落とし、
耳当てつきの帽子を取れば、
そこから現れたのは明るいみかん色のぼさぼさ頭。
手慣れているからか、自分の手元は全く見ずのその代わり、
じいっという注視をクロへと向け続けの御仁であり。

 「ですが、クロさんとやらは大人のようですのに、
  あの祠の通過なんてことが よく叶いましたね。」

取っ捕まえた盗賊どもを一時的に留置しておく番屋まで、
一応のお供をしてったらしい、こちらは小柄な元工兵さんもまた、
向こうの世界で勘兵衛へ原稿を依頼して来る、
某出版社の誰かさんにそっくりなので。
クロ殿の側でも“おややぁ”との驚きは隠せない。
何でもこちらの彼は、
こんな小さな里には大仰なほどの
頑丈な牢屋と精巧な錠前とを作り上げた
恐ろしい腕前を誇る工兵さんだそうで。

 『何せ、凄腕が揃っておいでなので。
  村への被害が出ないのはいいとして、
  取っ捕まえる賊共も、
  装備といい数といい、物騒さでも大慨なもんだから。』

土壁や木製の格子戸程度じゃあ、
逃げ落ちた仲間だの、
同類の仲間ほしやな連中だのに破られかねない。
そこでと、
特製の調合と特製の鍛冶鋳造にて
恐ろしく頑丈な鋼を生み出し、
それでもって難攻不落の牢獄を作ったというからおっかない。
同じ手腕をもってすれば、成程、
どんな悪党であれ悲鳴を上げそうな仕掛け、
その手で作ってしまる御仁に違いはないのだろうけれど。

  ……だけれども

 “見た目だけなら、
  林田さんと同じく ほっこりしたお人にしか見えんのだが。”

湿気よけのための高い目の上がり框をよいせと上がり来て、
日頃も皆して囲む場所だからか、やや広い囲炉裏端の一縁に、
ちょこりと座を占めてからも、彼の視線はクロから剥がれぬまま。
これは怪しまれているのかなと思いきや、

 「小さい久蔵は微妙に人猫ではなさそうだったが、
  クロさんとやらは“そうでもない”ようですね。」

  はい?

何のお話ですかと、
怪しまれてはないらしい笑顔を向けられ、
でもでもお話には微妙についてけないとの、
???をやはり重ねておれば、

 「そうそう。そうだったからこそ、
  こちらへ容易に来れたのかも知れませんし、
  カンベエ様も いきなりお役目を割り振ったのでしょう?」

急須へ揃えられた手や、
撫で肩の優しいフォルムもしっとりと。
それは様になる手際にて、
新たにお茶を淹れているシチロージさんまでもが。
明らかにクロを指しての話だろうが、
当の本人が及び知らない何かを含んでの
やや曖昧な物言いをなさるものだから。

 「……あのぉ。」

いやまあ、確かに
“自分は向こうの勘兵衛と縁のある変わり猫です”と
自己紹介しはしたが。
だからこそ、あんな高みで敵を待ち受けておくれと言われもした、
自分へ注意が集まる隙に降りて来て、
惚けてしまった連中、片っ端から取っ捕まえよとも言われたけれど。
自分の素性云々を聞いたのはカンベエのみで、
あの場でも、そこから此処へと戻る道中でも、
そこまでの詳細へまで話は至らなんだように思うのだが。
現に目の前に、
キュウゾウくんやゴロベエ殿という“人猫”さんがいるというに。
どこか尻のすわりが悪いというか、
居心地が悪く感じられたのは、
そんな身だということ、隠して来た反動か。
どうしてまた そこまで御存知でとの意、
もじもじしつつ問いかけかかったクロだったものの。

 「だって。」
 「ねぇ?」

目顔で訊かれた二人が“おややぁ”とお顔を見合わせ、
続いてクロ殿のお顔を見やる。
華やかで目鼻立ちの整ったシチロージとは
ガラリと印象の異なるタイプながら。
こちらさんもまた、
涼しげな目許に品があって引き締まった口許という、
ちょいとそこいらでは稀だろう端正なお顔を
怪訝そうに やや翳らせておいでなのへ、

 「…もしかして気がついてなかったの?」

掛けられたのは意外なほど幼い声音。
小さい久蔵のお隣、という位置取りから、
すぐそばにいたキュウゾウくんが そんなお声を掛けて来て、
かっくりこと小首を傾げたそのまま、
自分の頭に覗く柔らかそうな猫耳へと触れて見せたので。

 「………………あ。」

変わり猫云々という自己紹介へ、
そういや、わざわざ確かめなんだカンベエだったのは、
祠の中での仔猫への変化(へんげ)という不思議を
目の当たりにしたからのみならず、
そういうワケでもあったかと、今になって納得したのが。
自身の頭にも、髪の間から突き出した
柔らかい毛並みの突起物が乗っかっていたの、
触って確かめたクロ殿だったから。

 “…こ、これは。”

今の今まで気がつかなんだ。
確かに小さい久蔵には見られないもの、
なので…というのも、考えてみりゃあ早計ながら、
自分にも縁はなかろと決めつけていたらしく。

 “向こうの勘兵衛様にばれたら、
  ネタにされかねないなぁ。”

そんなことをば危惧しつつ。(そこかい・笑)
とはいえ、

 “……ということは?”

小さい久蔵の封じられている本性のみならず、
この自分もまた、
人の和子ではどんな大おとなでも追っつかぬほどの、
齢や蓄積を持つ異形の存在。
それだけに留まらず、
邪を滅した際の穢れだって少なからず抱えているというに、
多少の制限こそ受けつつも、
こちらの世界に在ること受け入れられた不思議を、
だがだが、さらりと何でもないことだよと言われたようでもあり。

 「みゃうにゃ?」

小さな小さな久蔵が、
大きくなっちゃった弟分のお膝へよじ登り。
紅色の双眸瞬かせ、どうしたの?と見上げて来たのへ、
ああと我に返ったクロ殿。
何でもないよと言う代わり、
丸みも愛くるしいおでこへとかかる、
ふわふかな金色の綿毛、
指の長くなった大人の手で
よしよしと やんわり梳いてやっておれば、

 「もしかしたら、
  遠い昔は接点がもっとあったのやも知れぬな。」

生活ぶりも物質文化の進みようや偏りも、
今現在のそれぞれが籍を置く世界は微妙に様子が異なるけれど。
そんな背景を物ともしないで、
双方へ行き来が出来、意志の疎通もかなう存在があるのがその証し。
冗談抜きの“お隣さん同士”だったのだろうよと、
響きのいいお声で、そんな意を暗に滲ませ仰せの壮年殿。
すっかりと寛いでいながらも、その頼もしさは変わらず、
威容あふるる佇まいのままだったところが、

 “お…。”

今の御主は 実をいや、
ずんと昔の戦乱の時代に仕えた遠い先代が、
荒くれた世情からその身に染ませた剛たる意気や、
どんな忍従にも耐え得る強靭な気概、
そのまま映したように持ち合わせておいで。
ああまで穏やかな今の時代にあって、
それを嗅ぎとれたのが懐かしく、

 “それもあって目覚めたようなものなのだが…。”

それと同じな気配、こちらのこの壮年殿にも嗅げたのへ、

 「…そうかも知れませんね。」

裏と表とくらい、真逆な世界のそれぞれだというに。
何故だろうか、こちらのカンベエへも同じ存在感を見たようで、
あらためて安んじてしまうクロ殿でもあったようでございます。






   〜Fine〜 13.01.10.〜01.22.


  *やっぱり“大冒険”は言い過ぎでしたね。
   小さい久蔵ちゃんのままでは、捕り物にからませるのは危険すぎたのと、
   クロさんがあの大きな図体を見せられないという“縛り”を作ったのと、
   もう一つ忘れちゃいけない、
   陽が暮れる前にお家へ戻らなきゃという条件もあって、
   そんなこんなで活劇へあんまり尺を取れませんでね。
   勿論のこと、陽が傾くより前に、
   二人そろってお家へ帰って来た仔猫二人だったのですが、

    「だがな、何となれば
     七郎次は暗示で誤魔化すという策もなくはなかったであろうに。」

    《 ………っ。》
    《 勘兵衛様、それを多用するのは…。》

   不自然な記憶というものは
   ひょんな拍子で飛び出したり
   封がほどけての混乱を招いたりしかねませんからと。
   クロさんの方が、しっかりした根拠も踏まえた上で、
   久蔵殿と御主相手に、説得(お説教?)していたり…。

ご感想はこちらvv めーるふぉーむvv

メルフォへのレスもこちらにvv


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